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officematsuura3

Author:officematsuura3
オフィス松浦HPへ

JR尼崎駅北側、徒歩5分のところで、カウンセリングおよびセラピーをおこなっている臨床心理士です。

住所:尼崎市潮江1-15-3
電話:06-6492-2388
携帯:090-3870-6101

詳しくは、ホームページをご覧ください。

 
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日々随想(844)

 
2019/08/01(Thu) Category : コラム
発達障害当事者に愛着の問題があるのは、両親、教師、支援者が当事者に精密についていけない(精密に寄り添えない、と、言ってもよい)ということによるものである。いわゆる「毒親問題」も、これで説明がつく。発達障害当事者における愛着の問題は、とりあえず、これで説明がつく。神田橋條治先生がおっしゃる胎児期における愛着障害仮説よりは、ずいぶんマイルドだが、現実的である。もっとも親しい発達障害当事者にも確認したが、合っている、とのことである。
 
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日々随想(843)

 
2019/07/04(Thu) Category : コラム

花に水をやり、ごみを出し、洗濯をし、洗い物を洗い、朝風呂に入り、風呂上りに高野山の白檀を焚き、チャイコフスキー「交響曲第5番」を聴きながら、宇治茶を飲む。また楽しからずや。


松浦友久編訳「李白詩選」岩波文庫、通読。約6年前に購入してわからずに本棚に入れておいた、詩仙、李白(701~762)の漢詩がようやくわかった。老荘思想を吸収した、仙人・隠者志向の偉大なる酒好きの文人の詩だ。酒好きの人にはお勧めで、酒の詩が多く、尊厳(ディグニティ)を回復できます。

黒川洋一編「杜甫詩選」岩波文庫、通読。詩聖、杜甫(712~770)の漢詩は綺麗である。酒が出てくる詩もある。交友があった年長の詩人、李白を歌った詩がよい。個人的には、酒好きとしてのスケールの大きさで、李白を取る。


李白にせよ、杜甫にせよ、社会的には苦労しており、放浪している。詩人というのは、そういうものかもしれない。



俳人、鬼貫(1661~1738)の

おもしろさ 急にハ見えぬ すゝき哉

という句、気に入っている。



英国の詩人、ウィリアム・ブレイク(1757~1827)の

一粒の砂にも世界を
一輪の野の花にも天国を見、
君の掌のうちに無限を
一時のうちに永遠を握る
(松島正一訳)

という詩はよい。英語の原文で読んでもわかりやすい。


 
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日々随想(842)

 
2019/06/30(Sun) Category : コラム
JR尼崎駅北側に立ってはる「ビッグイシュー 日本版」の販売員のおっちゃんは、福井県から若い頃大阪に出てきて会社員を長年された、もうすぐ、古希をむかえる、やさしい、いい人です。古希祝になにかできれば、と、考慮中です。おっちゃんと俺とは二十歳の年の差がありますので、共有できる昔話で、お互いにその時何歳ぐらいの時で何をしていたかを回想するのは、おもしろいです。たとえば、大阪万博のとき、僕は2~3歳の幼児、おっちゃんは20歳代前半の会社員でした。雑談回想法的対話をしていると、お互いに癒されます。おっちゃんのライフヒストリーを聞き書きしてまとめて文章化し、綺麗に製本化して古希祝としておっちゃんにだけ贈るというアイデアも検討中です。これは友情なのか、臨床心理学的研究なのか、社会学的研究なのか、フィールドワークなのか、なんだかよくわからんが(笑)、よくわからんのがおもしろい。おっちゃんは、スマホもパソコンもつかえないが、それは、人間の値打ちには関係ない。ある日、となりに「ポケモンGO」の大集団がいた時、「俺らの時代は終わった(笑)。」とおっちゃんは言ったが、ここで言う俺らには俺も含まれているので、「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」 ということだ。
 
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日々随想(841)

 
2019/06/24(Mon) Category : コラム
自分自身がある程度体験的に取り組んできた心理的問題群にしか、カウンセラーは真の意味では対応できないのかもしれない。たとえ話をすれば、酒飲みにしか、酒飲みの心理は真に共感的に内省的に理解できず、たばこ吸いにしか、たばこ吸いの心理は真に共感的に内省的に理解できず、家族関係に悩んだ者しか、家族関係の心理は真に共感的に内省的に理解できない。内的体験の真の内省的かつ言語的共有とは、そういうものだ。「理解」よりも、「共有」。沖縄のユタたちが伝統的にものすごい危機的体験を経てユタになり、相談者たちに経験知から共有的に指導されてこられてきたのがひとつのモデルとなる。
 
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日々随想(840)

 
2019/06/24(Mon) Category : コラム
この半年ほど、ものすごい中年期危機に入っていたので、危うく何度も本当に死にかけた。生きているのが不思議なぐらいで、日本の臨床心理士でここまでの体験をしたのは、僕ぐらいであると思う。比較するのは、傲慢で恐れ多いが、ユングがフロイトと決別した時期の危機体験に似ていた。僕の場合は、躁のニュアンスが強かったけれども。自分自身の体験を心理臨床実践に生かすのが、臨床心理士だ。僕がおこなうカウンセリング・セッション、スーパーヴィジョン・セッションには、生かしている。
 
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