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officematsuura3

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JR尼崎駅北側、徒歩5分のところで、カウンセリングおよびセラピーをおこなっている臨床心理士です。

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親父とおふくろ

 
2015/07/20(Mon) Category :
親父とおふくろのことを  

私はよく批判する

けれども それは

なにも 私が親の恩知らずであるからではない

知多半島で育った私は

親父とおふくろが愛知にとどまるように強制したならば

京大に行かせてもらえなかった

いわゆる進路選択は

ぜんぶ私の自由にさせてもらってきた

もちろん 私の進路選択が

親父とおふくろのキャパシティにぎりぎりおさまっていたからでもある

それは逆に言えば

私が親父とおふくろのキャパシティを本能的に読み切っていたからでもある

それでも親父とおふくろのキャパシティは普通一般の親よりははるかにひろい

こんな不良中年息子をいまだに子として想っていてくれるその恩は身に沁みる

親父とおふくろをあきらかに批判することはあっても嫌いになったことは一度たりともない

親父やおふくろの良いところも悪いところも私にはよくわかっているから

親父のいちばんの美徳はその忍耐力

幼少期に満州から引き上げてきた親父がどれだけ我慢や辛抱をして生きてきたかよく知っている

高校教師であった親父は足をひどく骨折しても松葉杖をついて学校に行ったそのうしろ姿は

子どもごころにすごいと思った

親父のぜんぶを尊敬しているわけではないが

親父の忍耐力は尊敬している

私は親父ほどの忍耐力はないが

特に嫌な組織に我慢して属しているような忍耐力はないが

本格的にカウンセラーの仕事一本にしてからは

一度たりともカウンセリングのセッションを休んだことはない

まあ これは私の親父に対する意地のようなものだ

おふくろのいちばんの美徳はなんだかよくわからん(笑)

まあ それだけ 私がおふくろに近いということになろう

あえて言えば 「話せばわかる」ところになるだろうか

それから いまだに 少しずつ成長しているところであろうか

私の妻と大親友以外で

ちゃんと私を理解している存在でもある

ここ数年 電話でしか話したことはないが

私のやっていること、あるいは、やろうとしていることを

一応、理解してくれているようだ

あと、最近は私と対等にいろいろな議論が出来るようになってきたかなあ

親父とおふくろはアベレージの高校教師だった

そして今思うと アベレージ以上の親であった

私の記憶が確かであれば

親父とおふくろが仕事を休んだのは

ちょっと古いおにぎりを

食べて食中毒になって寝込んだそのときかぎり

けれども 親父とおふくろは  

私にはそのおにぎりを食べさせなかった



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Nさんのこと

 
2015/06/04(Thu) Category :
きょう クラウディオ・アバド指揮のロンドン・フィルで

チャイコフスキーの交響曲第5番を聴きながら

そして オーガニックの赤ワインを飲みながら

長田弘全詩集を読んでいると

Nさんのことを 思い出した

Nさんは 学問上の兄貴分

大学院生時代 Nさんの後ろ姿を追いかけて 勉強をした

まあ Nさんの真似をしたようなもんだな

Nさんには20年ぐらい直接会っていない 

それぞれ別々のじぶん自身の道を生きてきたはずだが

それでもNさんが詩集を出版されたり 詩を研究されているらしいところをみると

おんなじようなことをやっているなあと思う

Nさんの詩集は読んでいない

また私がNさんを真似をするといけないから

私もじぶんなりに詩の勉強はやっている

じぶんなりに詩を書きはじめている

ただ私の場合は

カウンセリングにおけるセッションがすべてだ

と考えている

たぶん私の書く詩は

Nさんの書く詩とずいぶんちがうと思われる(Nさんの詩を読んでいないからあくまで推定にすぎません)

私の記憶が確かであれば   大昔

Nさんはチャイコフスキーが好きだとNさんの知り合いから教わった

私はチャイコフスキーの交響曲のなかでは第5番が好きです

たぶんNさんはちがうでしょう

おたがいにじぶん自身の道を

どこまで遠くまで行けたか どこまで深くまで行けたか

おたがいにすっごく似ているけれどもすっごくちがうNさんと

いつか おたがいに話したい




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箱庭

 
2015/05/24(Sun) Category :
今朝 夢を観た

箱庭療法の老大家の先生が 

庭の鮮やかな紅葉の枝を折り

自宅に置いてある箱庭に

そっと その枝をさした

その意味は無限

その意味は無

少なくとも 野暮な解釈を拒む

そんな迫力がある

新進気鋭のユング派I氏ならば

どんなコメントをするのだろうか

一応 興味がある



こんな夢を観たのは

きのう 妻に

箱庭をおくクライエントにとってのその意味と

その箱庭をながめて理解するセラピストにとってのその意味と

そのふたつの意味を

どう考えるか  問うてみたからだと思う

私のカウンセリングルームには 箱庭は置いていない

出来合いのアイテムを箱庭の業者から購入してつかうのは

なんとなく 気がすすまないからです

けれども この夢のような箱庭だったら

おもしろいかもしれない



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いいひとについて

 
2015/05/08(Fri) Category :
この現代日本社会に 人間性があり やさしく いいひとがいるのかと

ある人に問われた

私はまよわず いるとこたえた

たとえばJR尼崎駅のキオスクで はたらいていたおばちゃん

たとえばJR尼崎駅の北側で 「ビッグイシュー 日本版」を販売してくれてはるおっちゃん

たとえば行きつけの店の職人肌の大将

たとえば京都の大学で日本語学・国語学を教えていて ほぼ毎日電話でしゃべる親友

そして たとえば私の妻

私の妻をやっているのは けっこうたいへんだとおもうが

やり続けてくれてはる

そうそう たとえば私の両親 たとえば妻の両親

もうそろそろ 子が親を介護しないといけない年齢に 私もさしかかっているが

もう何年も帰省していないけれども

私を自由にさせてくれている

あんたらはえらい すごい

妻と妻の両親 私の両親からみれば 俺は悪人 悪童であるであろう

ちなみに最近の日本映画に「悪人」という作品があるが

あれはよい ひまだったらよく観てください

私は L4のクラスメイトのKくんから

「人畜無害」だといわれたことがある

また ある人から 松浦先生はいいひとであるといわれたことがある

私がいいひとであるのかどうか

精密、精緻にはわからない

けれども いいひとになりたい いいひとになろうと

そんなおもいはつねにあり いちおう 努力している

いちばん身近に接している妻には まだ合格点をもらっていない(笑)

けれども いちおう 努力している

けれども 妻に合格点をもらうときは たぶん 私が死ぬときだろう

だから そうかんたんに 妻に合格点をもらいたくない

カウンセリングルーム オフィス松浦のクライアントの方々は 

ほとんどがいいひとです

なかには 私よりもいいひとである 「絶滅危惧種」のひとも いたりする

クライアントの方々に負けないように いいひとでありたい もっといいひとになりたい

そんなことを考えられるのも ちゃーちゃんがいたからだとおもう

ちゃーちゃんは 私の育ての親 

ちゃーちゃんは死んだけど ちゃーちゃんのたましいとこころざしは

私とともに在る

ちゃーちゃんより いいひとには いまんとこ 出会ったことがない

 たぶん 今後も出会うことはまずないであろう

けれども 私は  ちゃーちゃんのたましいとこころざしだけは 引き継ぐ

いっぱい えらいひとびとには 出会ってきた 

けれども ちゃーちゃんより いいひとには 出会ったことがない

私の最大のライバルは ちゃーちゃんであり

ちゃーちゃんを  

のりこえないと 死ねない

ちゃーちゃんが私にしてくれたことの

すくなくとも 3分の2は 他者や社会にたいしてしたい

ちゃーちゃんがいるからこそ 私は性善説をとる



(注)ちゃーちゃんについては、古い記事の「ちゃーちゃんのこと」をご参照ください。

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えらくなりたくない

 
2015/05/01(Fri) Category :
えらくなりたくない

わたしはえらくない ただのひと

きもちは こどものまんまの

ただのおっちゃんです

きもちは こどものまんまだけど いちおう おとなだから

ときどき えらいひと(たち)なんかとも

いちおう つきあわないと ともおもう

だけど やっぱり えらいひと(たち)は

てきとうに じぶんをまもって つめたい

じぶんをまもることは ちょっとは ひつようだけれど

えらいひと(たち)は いっしょうけんめい じぶんをまもってる

それは とっても くだらないことだと おもう

じぶんをまもっていては なにも まなべない かわらない

いま わたしが えらいひとでなくて とってもよいなあ とおもう

わたしは えらくないから いっぱい まなべる かわれる

じぶんをまもるだけでは たぶん おもしろくない とおもう

わたしは 

えらくなりたくない

かりに まんがいち えらくなったとしても

えらいけど えらくないひとになりたいと おもう

えらいけど えらくないひと そんなひとが

この地球にいたら

そんなひとと ともだちになりたいとおもう

いきつけのみせの 大将は

えらくないから  すっごくえらい

わたしもえらくないから いまんところ えらい

こどものころ 歴史のなかの 日本や世界の えらいひとたちに あこがれた

けれども いまは えらくなりたくない

えらくなったら いきつけのみせの 大将のところにも

なかなか いけなくなるから

えらくなりたくない

えらくないからえらい そんなひとたちが たしかにいる

だから わたしも えらくなりたくない

えらくなったとしても えらくない そんなひとでありたい

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