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officematsuura3

Author:officematsuura3
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JR尼崎駅北側、徒歩5分のところで、カウンセリングおよびセラピーをおこなっている臨床心理士です。

住所:尼崎市潮江1-15-3
電話:06-6492-2388
携帯:090-3870-6101

詳しくは、ホームページをご覧ください。

 
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日々随想(839)

 
2019/06/06(Thu) Category : コラム
スカイプによるスーパーヴィジョン、カウンセリングをおこなっています(1回60分3900円。カウンセリングルーム オフィス松浦で検索)。また、ラインのビデオ通話によるカウンセリングをおこなっています(1回50分2900円。line.me/ti/p/wnRWFO2b3V)。
メールアドレスをmtrutks3@gmail.comに変更しました。
ご質問、お問い合わせは、090-3870-6101まで。

www.officematsuura.com

 
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日々随想(838)

 
2019/05/20(Mon) Category : コラム
 この四月に、吉野に花見に、二度ほど行ってきた。吉野は、桜だけではなく、茶、菓子、柿の葉寿司、川魚、木材などなどなど、超一流であり、鹿などの動物もまだ獲れる。僕のことばで言えば、ディープ・サウスでもあり、自然と文化が、つまり、地球の魂すなわちアニマ・ムンディそれ自体がかろうじて生きている秘境である。

 二日間、赤ワインを飲みつつ、たばこを吸いつつ、歩いたけれども、多くの素晴らしい人々に出会えて感動した。アメリカの海兵隊兵士?のような屈強な白人男性がお子さんたちを連れてこられていて、僕が赤ワインを飲みながら歩いているので、友情を感じてくれて、抱き合って写真を撮った。

 修験道の聖地であり、後醍醐天皇の南朝があった地でもあり、能の文化が伝え残されている地であり、その他もろもろの歴史遺産が鬼のように在り、残っていて、一ヶ月間泊まり込みで吉野に住んで徹底的に研究したいもの。村の店の多くにインタビューをしてまわったが、非常に好意的に奥深い秘話をみなさんそろって、ざっくばらんに話してくださった。

 日本にまだこんな村が残っているとはすごい。松浦吉野学を始めるために、吉野に本気で本音で移住しても本望である。我が終生の友、西行のように。


五月の新緑を観にもう一度、吉野に行った。今回も、源義経の妻、静御前ゆかりの静亭というお食事処で鮎を食べた。桜を観に行ったさいにも、静亭を利用して、ゆっくりくつろいで、鮎をつまみにビールを飲みながら、花見をしていて、日本全国からの花見客とも親しくなったり、女将にタクシーを呼んでもらったりしてお世話になった。また、花見のシーズンに長逗留するのによさそうな民宿も見つけたし、吉野はもはや僕の庭、僕のプレイグラウンドになっていますので、質問がありましたら、ぜひ、どうぞ。わかる範囲でおこたえいたします。バスの運転手さんとも仲良くくなったし、ホテルで風呂だけ入ったのでそのあたりもわかるし、吉野の林業についても少しお聴きしましたし、山野草も購入してきました。
 
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日々随想(837)

 
2019/05/19(Sun) Category : コラム
インスタレーションをやってはるアーティストの間瀬さんと京都で対話してきた。吉田寮の庭で、それから、北白川のお店で飲みながら、芸術談義をした。芸術をやってる人は感性、感受性がちがうし、音楽もよく知っているし、興味、関心のアンテナやネットワークがすごい。風が心地いい京都の一日だった。

吉野に桜を観に行った時、ストリートで三味線を弾いていた塩路さんと仲良くなり、先日、うちに遊びに来てもらった。塩路さんは、高校教員を早期退職されて、三味線を生きがいにされておられて、今年中には、三味線に歌を乗せる技芸を生駒の師匠に習いながらマスターすることをめざしておられる。素晴らしい。

土曜日の夜にJR尼崎駅北側にてフォークやロックの英語の歌をギターを弾きながら歌っているストリート・ミュージシャンの尾野さんと本、音楽、詩などをめぐって大雑談してきたが、とても、おもしろかった。やっぱり、音楽などの芸術に真摯に取り組み、向き合っている人と対話すると、元気が出てくる。
 
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日々随想(836)

 
2019/05/18(Sat) Category : コラム
尼崎在住の、豊島将之二冠が、ついに名人戦で勝って、三冠になった。これで、ついに、羽生さんの時代が終焉し、豊島さんの時代になった。藤井くんが豊島さんに勝ち切るまでには、まだまだ、相当に年月がかかる。豊島くんと藤井くんとのタイトル戦での勝負将棋、楽しみにしている。

豊島三冠の将棋は、織田信長における桶狭間の戦いの如く、鋭く、切れがあり、美しい。日々の研究量は、将棋棋士のなかでは、おそらく日本一である。AIを利用して研究しているのは、有名だ。

名人戦の対局中継をインターネットで観たけれども、画面が小さすぎて、老眼が進んだ僕には耐えきれなかった(笑)。NHK BSプレミアムで中継してほしい。

朝日、読売、毎日、産経、日経、京都の五紙に目を通したところ、豊島三冠の記事では、朝日が良かった。

名人戦を全四局通して観戦しての全体的な感想だけれども、豊島三冠は、ますます、読みに深く集中して「入る」ようになって将棋が強くなったように思われる。
 
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日々随想(835)

 
2019/01/09(Wed) Category : コラム
あるクライエントにすすめられて、NHK BS1スペシャル「欲望の資本主義2018~闇の力が目覚める時~」とNHK BS1スペシャル「欲望の資本主義2019~偽りの個人主義を越えて~」をNHKオンデマンドで観たけれども、経済学とは哲学あるいは思想のようなものなのだなあ、と感じ取れて、おもしろかった。

NHK大河ドラマ「いだてん」の第1回を妻の母親と観ていて、思ったのだけれども、昔の日本人はスポーツであるとかクラブ活動であるとかをやる習慣が今ほどはあまりなかったようだ。ちなみに、妻の母親は、高校時代、軽音部だったそうだが、今と違って、楽器をやるのではなくて、クラシックなど音楽観賞するクラブだったようだ。また、ちなみに、妻の母親は、戦後数年たった小学校高学年の頃、ソフトボールをやったらしい。戦後になってアメリカ文化がどっと入ってきてのことなんだろうなあと思った。

正月に祇園界隈に行く用事があって、生まれてはじめてゆっくり観て廻ったが、おもしろかった。舞妓さんや芸妓さんの習い事のスケジュール表を偶然観たところ、びっしりさまざまな習い事をするスケジュールがつまっていて少し感心した。考えてみれば、彼女たちの仕事は「総合芸術」だ。ある喫茶店に入ると、その喫茶店の常連客である彼女たちの芸名入りの団扇が並んで飾られていた。また、祇園祭のちまきも多数置かれていた。老舗の店もいくつかあり、線香の専門店や一味や七味などの専門店に入り、おみやげを買った。焚くと、名号が立ち現れてくるという顕字香を発見し、書斎で焚いているが情緒がある。また、河井寛次郎やバーナード・リーチの陶器を扱っている店に入り、ゆっくりさわって観賞させてもらった。バーナード・リーチの作品には彼が英国人であることもあってどこか日本のどこにもない抽象性を感じた。河井寛次郎の小ぶりの作品を気に入って購入したくなった。朝鮮のかなり古い陶器も置いてあったが、金額の桁が違った。ある美術館でロベール・ドアノー(1912―1994)というパリの写真家の展覧会が開催されていたので観たが、パリの人々を撮った白黒写真群は美味いコーヒーのように深いコクのある味わいであった。昔、作家の夢枕獏さんに偶然京都の骨董屋で出会い、サインをしてもらったことがあるが、「京都はおいしい」と書かはったのを思い出した。

縁がある京都の神社で新春祈祷を受けてきたけれども、祈祷をとりおこなってくださった神主に神社あるいは神道の儀礼についていろいろ教わったが、ものすごくおもしろく、勉強になった。また、只今、禁酒中です、と言うと、御神酒は口につけるだけでよかったので、禁酒はまだなお継続中である。

年末から年始にかけて、おもに京都で、座禅を三回、気功を三回、ヨガを四回、それぞれ体験したところだが、とりあえず、今、現在までのところ、冬の早朝の寺院での座禅は身体(感覚)が世界あるいは自然へと開かれていく清々しい純粋なる瞑想(メディテーション)、気功は「はからい」を捨てつつも醒めた意識を保持しての「自動運動」が動き出すことによって「先天の気」が身体全身に流れ出すことによっての動きのなかでの瞑想(メディテーション)、ヨガは身体全身の筋肉の各部位を順を追って意識的に緊張と弛緩を繰り返すことによって自ずから自然に瞑想(メディテーション)を活性化させる身体技法であるように感じ、考えられる。ここで言う瞑想(メディテーション)とは、いま流行りの言語表現では、「マインドフルネス」ということになるように思われる。また、座禅、気功、ヨガともに、呼吸法がポイントのひとつであるのが通底しているように思われるし、もう少し大きくざっくり言えば、身心の活性化であるのが通底している。あと、気功は身体のある部位を動かすことによって、別の部位が自ずから自然にある動きをするという身体システムの原理のようなものを活用しているようなところがある。また、座禅や気功は、閉眼乃至半眼でやることが多いが、それは普段の日常生活では視覚情報に圧倒されていてリラックスできにくいので閉眼乃至半眼にすることによって視覚情報流入を削減し普段相対的にあまり使っていない視覚以外の感覚器官を活性化しそれらをもつうじて世界や自然に開かれ、つながり、深いリラックスに入るということであるように思われる。

赤ワインをやめたことで食欲が増進し食事がすごく美味く、身体がよく動くので、座禅、気功、ヨガを始めたが、トレッキングも始めつつある。今、現在のところ、京都に座禅や気功やヨガをやりに行ったさいに、神社仏閣を中心に歩くことから身体を慣らしてトレッキングのための準備をしている。年末年始にかけて訪れた神社仏閣は都合十五箇所ほど、美術館等の展覧会三箇所、あと旧三井家下鴨別邸、岩倉具視幽棲旧宅、哲学の道も歩いた。

座禅は実力を見込んだ、ある禅僧、気功は気功の実力を見込んだ先生二人、ヨガは直観で選択して気に入り指導を受けることにした先生二人から教わっている。それから、ジムでパーソナルトレーナーから身体改善の指導を受けている。身体のことは、真面目に取り組めば、わりとすぐに結果が出る感があるので、おすすめかもしれない。逆に言えば、カウンセリングでこころのことに取り組むことのほうが相対的に難易度が高いかもしれない。だからこそ、やりがいがあるのである。

臨床心理士の専門性とは、シンプルにはクライエントが必要とする専門的情報を教えるのでもあって、ただたんに黙って傾聴しているだけではない。



 
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